樺 美智子(かんば みちこ)
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作成日時 : 2008/05/25 20:38
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(以下歴史が眠る多磨霊園より引用)
1937.11.8(昭和12)〜 1960.6.15(昭和35)
60安保闘争の活動家
父は社会学者の樺俊雄。1957(S32)東京大学分科二類に入学。共産党からブント(共産主義者同盟)へ入り、安保闘争に参加。
1960(S35)6月15日、580万人を動員して行なわれた安保改訂阻止第二波実力行動に、急進的学生の組織の活動家として参加。警官隊との衝突が繰返される中で死亡した。享年22歳。胸部圧迫の窒息死とされた。
なお、翌日の6月16日には閣議で訪日予定であったアイゼンハワー大統領に延期要請を決定。
6月18日には60年安保最大の33万人が国会を取り囲んだ。 6月23日に批准書交換が行われ、日米新安保条約発効とともに岸信介首相の退陣が表明した。
樺 美智子 墓誌
「最後に」
誰かが私を笑っている
向うでも こっちでも
私をあざ笑っている
でもかまわないさ
私は自分の道を行く
笑っている連中もやはり
各々の道を行くだろう
よく云うじゃないか
「最後に笑うものが
最もよく笑うものだ」と
でも私は
いつまでも笑わないだろう
いつまでも笑えないだろう
それでいいのだ
ただ許されるものなら
最後に
人知れずほほえみたいものだ
1956年 美智子作
http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kanba_m.html
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