「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について
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作成日時 : 2006/07/22 21:50
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「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について
ネットをやっているせいで、巨大メディアの独壇場ではない集合知の情報も知ることができる。私は、昭和天皇にも戦争責任があると思うが、「天皇に戦争責任はない」とする東京裁判をくつがえすことは難しい。
だからこそ今の天皇皇后両陛下には、平和国家として60年前の大戦を悼み、侵略戦争に遺憾の意を示していただきたい。当時としては、それ以外選択の余地がなかったとしても、15年戦争末期に於いてファシズムに利用された事実があるのだから。もう二度と過ちを繰り返してはならない。そのための自由と民主主義を多大な犠牲を払って与えられたのだから。
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「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について
「「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について」について
いやいや、その、いわゆる「15年戦争」をファシズムに利用された侵略戦争だと決めつけてはじまる反省ではなくて「なぜ利用されたの?本当に利用されたの?」の疑問から解きあかすから、暑い夜になるのです。
東京裁判は昭和3年からの期間を裁判の対象にしていますから、侵略を開始した事件としては張作霖爆殺事件と昭和6年の満州事変のきっかけとなった柳条湖事件、日中戦争につながった昭和12年の盧溝橋事件のみっつの事件があげ...
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罵愚と話そう「日本からの発言」 2006/07/23 05:15 |
「「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について」について
「「ことしの8月15日は、ことのほか、暑いのではなかろうか。」について」について
日本が侵略戦争をと言う言葉を聴くたびに耳を塞ぎたくなる。之は先の戦争に勝者の論理敗者の論理が働いているのだからです。当時は圧倒的戦力を持つロシアが中国朝鮮を制圧し日本が之に立ち向かい100%勝ち目のない負け戦と予想を覆し勝利したことが世界の奇跡であると言われた。
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小山内翔龍のつれづれ俳日記帳 2006/07/23 05:30 |